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桜山招魂場碑

桜山招魂場の碑
纂額 櫻山招魂場碑  熾仁親王 筆
〈碑文〉
  今上即位之五年車駕西巡抵赤馬関特 勅侍臣就我奇兵
隊招魂場弔之賚以金幣有盡忠致死 朕追感殊深之語鳴
呼死者之榮可謂極矣初我長藩主忠正公首唱勤王欲大有爲
文久癸亥設奇兵隊遠邇傅聞慷慨義烈之士爭来魔募而高杉
晋作實為之経書萌年甲子輿外艦戦千前田壇浦以振起士気
乙丑有縛堂大田之事以定内証丙寅有門司田浦之役以平小
倉戊辰春先天下兵破東軍於畿旬而越後會津諸役皆建殊功
當是時奇兵隊之名高乎天下実先是元治甲子正月同志相謀
為隊兵戦死者築招魂場於櫻山三條公以下五卿去京在此者
臨焉翌年八月祠宇告成隊纏管山内梅三郎輿余輩修祭儀以
落之爾後毎有戦死者必加祭焉支封長府侯亦勤王事其藩士
有報國隊毎興我隊教力立功其死者初祭於旭陵後亦暴於此
明治壬申醸集金敷千圓乙亥官又賜金若干拉充祭賢春秋祭
祀萬世無魔夫奇兵隊大率起於草葬市井間而穫貴絞袴子弟
不奥焉其所稀為先輩長者皆出於吉田松陰先生之門先生於
幕府盛時而専存心王室以奨働子弟故其子弟興起一以明大
義正名分為己任冒百難而不辞榮進死而辱退生生爲國家千
城死血食於千歳以荷天之寵難日忠正公面命耳提之所致然
自非隊兵其人所悪有甚於死者語能至是哉鳴呼何其肚也頃
某等共議建碑於場中以表其功使余銘之余錐不文亦嘗奥死
者同其隊伍終始如一誼不可辞也乃載筆作之銘銘日
王室式微穫臣蹴雇.三百諸侯爾端首鼠濁我長公
心在王所奇兵成隊赴赴其武視死如鋳臨戦忘身
国家中興其命維新輪英祠宇葱祭其神寵光自夫
萬古無沢
   明治廿六年二月
   陸軍大将從二位勲一等伯爵山縣有朋撰文
   陸軍大将大勲位 熾仁親王◇蒙◇額
     從五位 長■書 井亀泉刻
 厳島神社横の坂道を登って行くと、小さなガードがあり、それをくぐるとかつてはそこから続く石畳の参道を登ること一五〇メートルほど行くと、大きな鳥居があり、そばにこの石碑が建っていました。
  明治二十六年(一八九三)一二月に建てられたこの碑は、戦後この場所が市営住宅の敷地となり、碑がわかりにくくなったので、昭和三十四年(一九五九)十一月二十七日に実施された「松陰百年祭」のときに、桜山神社境内の現在地へ移されました。高さ二五〇センチ 幅一四〇センチ 厚さ四五センチで台座を含めると高さ三一〇センチにもなる碑の文章は、山県有朋が書いています。
  桜山招魂場の建設は、高杉晋作が「戦死した同志の霊を慰め、また死を覚悟して生墳を設けること」を提唱したことにはじまります。白石正一郎が山口にいた高杉を訪問し、この計画の打合せをしたのが文久三年(一八六三)十一月のことで、十二月には三田尻に駐屯していた奇兵隊は、再び下関へ移ることになり、招魂場の候補地も必然的に下関にもとめることになりました。
  元治元年(一八六四)二月、招魂場の候補地として新地町の「岡の原」が決りました。
  岡の原は、新地町の背後にある小さな丘でかつて萩藩の新地開作のときに、この丘から土砂を取り出した関係で、割りに平坦になっていましたが、場所の決定とともに、若干の整地作業がおこなわれました。
  三月二十九日、三条実美ほか五卿の一行は、この地に立寄り、社殿の必要を説きましたので、急遽【きょ】社殿建設の計画をこれに加えました。
  長州藩の情勢はめまぐるしく変って行きますが、その中で「岡の原」の整地作業は順調に進み、七月には上棟式を行ない、これに福田■平、川北義二郎らが参列しています。
  慶応元年(一八六五)八月九日に招魂場が完成し、盛大な新築落成の祭典がおこなわれました。このとき白石正一郎が神事奉行を引受けています。そのときの様子を「日記」につぎのように書いています。

 「九日我藩の諸有志の亡霊廟堂を始め残らず又諸藩の義烈亡霊一同二上壇の間二おいて神祭致し候。青山祝詞大賀、山下手伝くれ侯。有馬菅道朝より来り、献供もの調えくれ候。…(中略)…高杉昼より神祭二付招請七ツ時より神供をおろし銘々項戴す。予実名興の字さし合二付今日おみくじを取り資風と改名す…(下略)…」高杉はそのときの感慨をつぎのように詠んでいます。

 招魂場祭事、奇兵隊諸士とともにこれに謁す。
  この日軍装行事、出陣式の如し、

 弔むらわる人に入るべき身なりしに弔むらう人となるそはつかし
猛烈奇兵何所志 猛烈の奇兵何の志す所ぞ
要将一死報邦家 一死を将って邦家に報いんと要す
   可欣名遂功成後 欣ぶべし名遂け功成るの後
   共作招魂場上花 共に招魂場上の花と作らん

 六卿のうち、錦小路頼徳は病のため白石邸で療養していましたが、四月二十五日に帰らぬ人となり、彼の遺品である鳥帽子、狩衣、袴、扇子などをここに収めてこれを祀りました。
  また桜山の地名は、多くの桜を植え、春には桜の名勝として知られるようになり、桜の多くある山から、桜山と呼ぶようになったということです。

 
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