| 本殿改修 奉賛のお願い | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 桜山神社本殿改修並びに境内整備事業趣意書 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 明治維新発祥の地下関にあって、吉田松陰先生を中心に高杉晋作をはじめとする奇兵隊士二五六柱、長府藩報国隊士九六柱、諸隊士三八柱など、殉国の志士三九一柱の御神霊を祀る桜山神社は、維新の聖地として人々の尊ぶところであります。 特に、一段高く吉田松陰先生を祀る他は高名の士から奇兵隊小者に至るまで、同じ規格の神霊碑が整然と立ち並ぶ招魂場の姿は、多くの識者が、時代変革に身を投じた長州藩志士たちの志の真髄がここにありと称えるところでありまして、この聖なる斎場を後世に永く守り伝えて行くことは、今日に生きる私たちの責務でありましょう。 その歴史をたどれば、文久三年(一八六三)十月、先駆けて散って行った同志の霊を弔うと同時に、なお命ある者も志を貫くための生墳をという高杉晋作の発議により、新地岡の原、通称桜山のこの地を斎場と定め、折しも西下の三条実美卿ら七卿の検分も得、白石正一郎らの尽力のもとに慶応元年(一八六五)八月三日に完成。奇兵隊士とともに高杉晋作も参列し、落成の祭事が行われたのであります。 以後、明治五年(一八七二)、更に吉田松陰没後百年祭に当たる昭和三十四年(一九五九)の二度にわたり防長各所の招魂場より神霊をこの地に合祀し、今日に至っているのであります。 しかるに今日、その積み重ねて参りました歳月によりまして本殿もかなりの老朽化をみせ、境内の整備も十分とは言いがたい状況を呈しており、創建より百四十年に当たります平成十七年(二〇〇五)を一つの節目といたしまして、本殿の屋根の葺替えを主とする改修、加えて桜木の植樹、高杉晋作歌碑の建立など境内地の整備をいたしたく、これら諸事業に必要な経費として参阡萬円が見込まれるところであります。 つきましては、明治維新の意義が改めて問われております今日、近代日本の礎となった人々の魂の拠所たる桜山神社への深きご理解をもって、広く淨戝のご協賛を賜わりますよう、皆様方のご協力ご支援を切にお願い申し上げる次第であります。 記
平成十六年五月吉日
◎壱万円以上御奉納の方は芳名板に御名前を記させて戴きます。 |
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